くわこの日常

日常のインプットをアウトプットするブログです

ホールインワンとか、めったにありませんから

ピンポーン……(沈黙)

「おはようございます。ヤクルトの桑原と申します。今日は、商品のご紹介でご近所をまわっております」

「うちには子供はいませんから、結構です」

「あ……いえ、今日は大人の方向けの……」

ブチッ

全部言う前に、インターフォンを切られてしまった。

はぁ……。話くらい聞いてくれてもいいのに。玄関くらい開けてもいいじゃん。

 

数年前まで、私は某乳酸菌飲料の営業職だった。

お届けはその地区を担当しているヤクルトレディが行う。私は、新規顧客をつくるのが仕事だ。

仕事ですけど……それで生活しているんですけど。

インターフォンを押しても、押しても、断られる。なかなか簡単にお客さまはできない。「心折れる」とは、こんな日の私のことだ。

 

ヤクルトはよく「農耕型ビジネス」と言われる。

種をまいて、水を与え、育てる。時間をかけて育てた実を収穫する。

最初の種まきは私達営業社員が行うこともある。しかし、お客さまとの関係を育てていくのは、ヤクルトレディの役割だ。

 

基本的にヤクルトは契約ではないので、毎回、その時必要な分を買ってその都度支払っていただく。だから、定期的に訪問していても、購入がないこともよくある。

それでも、会って顔を見せてコミュニケーションをとることが、最終的には継続的な飲用に繋がる。

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農耕型ビジネスと呼ばれるが、どちらかと言うと「ゴルフ」に似ている。ホールインするまでには、何度も何度もボールを打つ。慣れないうちはあっちに飛んだり、こっちに飛んだり。でも、あきらめずに打てば少しずつでもホールに近づくのだ。(たぶん)

 

「あんた、また来たとね。もう、無理して来んでもよかよ」

「いえいえ、近くまで来ていますので、たまに顔を出しますね。風邪ひかんように気をつけといてください」

買ってもらえなくても、とりあえず玄関まで来て顔をだしてもらえるならOKなのだ。一言でも話せたら、10ヤードくらいは近づけたのだ。聞く気が無い相手に商品を勧めても「押し売り」ととられかねない。それなら、「庭の花がきれいですね」とか雑談をして20ヤードかせぐ……それを積み重ねていくのが、私達のやり方だ。

 

なんだか無駄なことが多い気がする。時間もかかる。もちろん、ホールインする前に拒否されることもある。でも、苦労して近づけたお客さまは、他の何にも代えがたい。給料の源というだけではない、大切な存在になっていく。

 

年末にある地区で、新規開拓をしたことがある。

その地区を元々担当しているヤクルトレディが、不安そうな顔をして私のところに来た。

「いつも訪問している○○さんの様子がおかしいんです」

一人暮らしのおばあちゃんで、留守のときは必ず連絡をくれるそうだ。ところが、今日は声をかけても返事がない、連絡もない。ポストを見ると新聞が3日分もたまっている。

「胸騒ぎがするんです」

近所の床屋さんが一緒に来てくれて、声をかけるがやっぱり返事がない。けっきょく警察を呼んで開いた窓から入ってもらうと……階段の下で倒れて意識不明の状態だった。おそらく3日前に階段から落ちて、そのまま動けなかったらしい。あと数時間遅れていたら、亡くなっていたと救急隊員が話していた。

 

その時一緒に来てくれた床屋さんが感心してこう言っていた。

「ヤクルトさんは週に1度しか来ないのに、日頃からコミュニケーションがとれている。だから様子がおかしいと気づいたんだね。素晴らしい!」

こんなふうに人命救助をした例はいくつもある。そんなに大事ではなくても、お客さまの体調や持病など、担当ヤクルトレディはお客さまのことをよく知っている。毎回、ただ保冷箱に入れてくるだけのお届けなら、そんなことにはならない。

 

10年後には多くの仕事がロボットやAIにとってかわられる、とよく聞く。でも、おそらくヤクルトレディの仕事は残るだろうと思っている。ヤクルトが欲しいだけなら、今でもスーパーに行けばいろいろな種類が売っている。届ける人の顔と飲む人の顔がわかっていて、信頼関係ができている。そういうつながりを求める人は、決して少なくないと思うのだ。

 

「こんにちは ヤクルトの桑原です。今日はセールのお知らせがあったので、お持ちしました」

「あんたも、あきらめないねぇ。セールって何ね?」

「新しい商品が出たので、お試しキャンペーンが始まったんですよ」

「ふーん……花粉症に効くとね? ヤクルトは甘いから飲まんけど、息子が花粉症で困ってるとよ」

「あら、息子さんがいらっしゃったんですか。花粉症、つらい季節ですね。薬じゃないので絶対効くとは言えないですけど、試す価値はあります」

「あんたがそこまで言うなら、1回飲ませてみようかね」

「ありがとうございます!」

今日は50ヤードくらい近づけました。

 

ホールインワンなんて、プロゴルファーでもめったにありません。

でもゴルフが上達してくると、最短距離でホールに近づくことができるようになります。

1歩でも距離を縮めて、お客さまに健康になっていただきたい。そのために、ヤクルトレディは今日もお客さまを訪問しています。